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まるこ & あおい のホントのトコロ

さらっと読めて、うんうんあるある~なエッセイ書いてます。

私は本当に泣けないオンナなのだろうか?

 

私は泣けない女である。

私がどうも泣けない体質らしいと気づいたのは、

中学2年生の時だった。

 

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当時流行っていた宇宙船艦ヤマトの映画を、友人たちと見に行くことになった。

私はアニメには全く興味がなかったのだけれど、

仲のよかった友人たちがみんなノリノリで嫌だと言えなかったのである。

そしてこの時が、私が始めて映画館で見た映画だったと記憶している。

記念すべき映画館デビューの日、

私はこのあと一生忘れられない苦い思い出を作ることになる。

  

 

見たこともない宇宙戦艦ヤマト。今みたいにインターネットがあれば、

あらすじぐらい調べて行ったのだろうけど、当時はそんなものもなく、

とりあえず行ってみるしかなかったのだった。

 

 

映画館おきまりのポップコーンとジュースを手に、いざ劇場へ。

興奮する友人たちをよそに、一人作り笑顔の自分がそこにいる。

一番前の席を私たち6人で陣取り、今か今かと開演を待つ。

 

映画が始まった。

始めて聞く登場人物の名前や関係性を理解しつつ、ストーリーを必死で追う。

視力1.5の私にとって、最前列で真剣に見るのは相当きつかったけれど、

これも映画が終わった後、みんなと話を合わせるためには仕方がない。

 

 

 

そして、映画のクライマックスシーン。

劇場のあちこちからすすり泣く声。

 

え? 何? みんな泣いてるの?

横を見ると、一緒に来た友人たちもみんな、鼻をズルズルさせて泣いている。

 

 

ここ、泣くとこなんや……

私と言ったら、涙の一ミリも出ていない。

しかも視力1.5かつ最前列で、目を見開いて真剣に見ていたせいで、

ドライアイ気味になっているぐらいだ。

 

 

映画が終わって明るくなったとき、友人たちは皆、目を真っ赤にしていた。

そこに一人、ドライアイ気味な私。

 

当時一番仲良しだった友人が、私を見てこういった。

「ええっ、泣いてないの?? あの場面みて泣いてないの?? マジで??

ありえない。 あんた薄情やな」

 

 

ガッビーーーン……

 

薄情……

情が薄い……

 

 

デスラーが、古代が、森雪が、

そんなことはどうでもいい。

 

映画の中のどんな悲しい場面よりも、私は友人の「薄情やな」の一言が

世界で一番辛いと思った。

 

そこから私は、泣けない女なのだと自覚することになった。

みんなが悲しい時に泣けない。薄情な女。

 

 

 

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それから4年後、高校の卒業式の日、私は気が重かった。

6年間通ったこの厳しい女子校から、やっと卒業できるのにも関わらず。

 

卒業式で、私だけ泣けなかったらどうしよう?

そんな思いが私の頭を駆け巡っていた。

 

また薄情な女だと言われたら、それこそ立ち直れない。

なんとしても泣かなければならない。 

 

先生の話なんて上の空。謝辞や祝辞が述べられる中、

これまでの人生で起こった悲しいこと、辛かったことを次々と思い浮かべ、

涙をだそうと必死だった。

 

 卒業式もクライマックスを過ぎ、終わりに近づいてきた頃だった。

 

でた。涙が。

出てきたぞーーやった!!

 

 

顔で笑って心で泣いて

にあらず

顔で泣いて心で笑って

 

なんとも妙な感じではあったけれど、

これで薄情だと言われることもないと思い安堵した。

 

 

 

 

それからも

泣けない女だという思いはずっと続いていた。

 

そんな私でも泣くことがあった。

彼氏と喧嘩したときだった。

気を許したオトコの前では泣くことができたのだ。

 

ところがあるとき彼氏にこんなことを言われた。

「女はいいよな、ここぞというときに泣けて」

 

言葉が出なかった。

そう言われてみると、もしかしたら私は、泣くことを利用していたのかもしれない。

かわいいオンナを演じようしていたのかもしれない。

 

涙がすーっとひいていくのがわかった。

そこからはもう、男の前でも絶対泣かない、と決めた。

 

 

だいたいさ、涙が似合う女って

華奢でかわいくて繊細な女子なんだよね。

 

でかくて、肩幅広くて、声も低い私。華奢とは程遠い。

私には涙なんて似合わない。

本当に、誰の前でも泣けなくなってしまった。

 

人前では泣かない。

心のどこかで、そう決めている自分がいた。

 

 

 

 

あれから30年。

今でもあまり泣けない方だと思う。

 

 テレビや映画なんかをみていて、ここみんな感動するとこよね、という場面では、

なんとなく胸が熱くなったり、喉の奥の方が痛いような感覚になったりする。

 

 涙が出そうになっても無意識のうちに止めようとする自分がいる。

やっぱり人前で泣くのは嫌なんだと思う。

 

 

そんな私が、止めたくても止められず、

我慢できずに泣いてしまう時がある。

 

それは子どものこと。

 

一生懸命頑張っている姿を見たとき 

 

試験に合格したとき

 

病気になったとき

 

遠くへ旅立っていったとき

  

これまでずっと毎日一緒に暮らしてきて

笑ったり怒ったりしながらすごしてきた年月が

走馬灯のように駆け巡り

 

涙が止まらなくなる。

これだけはどうにもならない。

 

 

 

そして私は、

この歳になってやっと気づいたことがある。

 

私たちの感情が動くとき

自分の過去の経験に照らし合わせて

その時の感情を呼び起こしている

という。

 

中学2年生の、宇宙戦艦ヤマトを見たこともない私には、

呼び起こす感情がなかっただけだ。

 

卒業式でなかなか泣けなかったのも、

無気力、無感動、無関心を装って高校生活を送っていたからだ。

 

 

ああ、私が泣けなかったのは薄情だっただからではない。

ただ、経験が少なかっただけなんだ。

感情を揺さぶるような経験が。

 

人それぞれ、「泣く」ポイントはみんな違う。

どれだけの思いがのっかているか、どれだけの感情が動いたのか、

それは人によって違うから。

 

そしてもっと言えば、

 涙の量で感動の深さを測ることは

できないのかもしれない。

 

 

  

私は50年たってやっと

薄情なオンナだという呪縛から解放された。

 

 涙は出すものではなく、出てくるもの。

今はそう思える。

 

 

もし今後、私が泣くような場面があったとしたら、

願わくば女優のようにつーっと一筋、

涙を流して泣いてみたいものだと思っている。

誰か教えてくれないだろうか。 

 

おしまい