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まるこ & あおい のホントのトコロ

さらっと読めて、うんうんあるある~なエッセイ書いてます。

彼女は困った話がしたいのだけど

まるこ

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チカちゃんは、電柱につながっていない家に住んでいる。

 

だから2年前に家を新築した後、メーター検針の人がやって来た時には、家の周りをぐるぐる回って一生懸命メーターを探していたそうだ。しかし、探せども探せどもメーターは見つからない。そこで、検針の人はインターフォンを押して尋ねたそうだ。「お宅のメータ―はどこにありますか?」と。検針の人にしてみれば、そもそもメーターがついていない家なんてあるわけがないと思っていたのであろう。チカちゃんはチカちゃんで、この時、ウチの周りを不審者がウロウロしていると思っていたそうだ。

しかし、電柱につながっていないということは、メーターだってあるわけがない。チカちゃんは事情を説明して、検針の人に帰ってもらった。だが後日、今度は電力会社の人が黒塗りの車で現れて、またその人に「事情を説明してもらえますか?」と言われたそうだ。山奥ならばまだしも、普通の住宅地にそんな家があるということが理解できなかったのだろう。

 

確かに、私を含めてほとんどの人は、家は電柱につながれているもの。そして、そこから電気を買って使う。ということが当たり前になっていて、そこに疑問を感じることは少ないのではないかと思う。言っておくが、チカちゃんも何年か前まではそういう人だった。けれども、震災をきっかけに「電気」というものについて考えるようになった。もちろん、私だって考えなかったわけではない。けれども、便利な都会生活を享受してしまっている私にとって、今更、川で洗濯したりローソクの明かりで夜を過ごすなんて、そんな時代を遡ることは、なかなか決意できなかったのだ。私ができたことは、せいぜい夏にエアコンを使わないことくらいだった。

 

とはいえ、彼女も最初から新しい家は電柱につながないと決めていたわけではなかった。屋根に太陽光パネルを設置することは決めていたが、雨や曇りなどで電力が足りなくなったら、パチンと電力供給の切り替えボタンを押して、その時だけ電力会社から電力を買おうと考えていた。だが、いざ家を建て始めると、敷地内に電柱を立てなければいけないことがわかった。彼女はそこで悩む。自分の敷地内に電柱を立てることは納得できない。電柱を立てるくらいならば、好きな樹を植えたい! と思った。そこで、悩んだ末に電柱とはさよならして電気を自給自足してゆく生活を選択した。もし、電力が足りなくなったらローソクが必要だろうと、彼女は大量にローソクを買い込んでその日に備えたのだった。

 

そして、彼女のその家は、先日2周年を迎えた。ローソクは最初に買い込んだ数のまま、今でも一度も使ったことがないそうだ。

こういう家に住んでいるので、彼女のもとには時折、取材や講演依頼が来る。それで彼女は取材を受けたり、講演したりしているのだが、ひとつ困ったことがあるという。それは、こういう家に住んでいるからには、ローソク生活のような、とても困った話を期待されることが多く、質問もそちらの話がよく出るということなのだ。けれども、困ったことがないので、どうにも答えられない。もちろん、彼女の家では何も考えずに電力を消費しているわけではなく、普段はできるだけ無駄な電力は使わないようにしている。しかし、彼女の家には、洗濯機や乾燥機、冷蔵庫、掃除機にエアコンだってある。そして、スマホやパソコンだって使っている。私が想像していたような、川で洗濯……なんて時代を遡るような生活はしていないのだ。

晴れた日には、屋根の太陽光パネルがどんどん電気を作ってくれる。余るくらいだし、そんなに溜めてもおけないので、そういう日は電気を大量に消費する電気器具を存分に使って料理をしたり、洗濯をしたりしている。彼女はそういう日を「電気富豪の日」と呼んでいる。だって空からじゃんじゃん電気が降ってくるから、という理由だ。

 

私が最初に彼女に会ったとき、彼女の印象は「とても真面目な人」だった。あまりに真面目だったから、もしかしたらこの人はその真面目さゆえに生きるのがつらいことがあるかもしれない、と思ったほどだ。しかし、真面目だからこそ、電柱より樹を植えたいと思い、思い切って電柱とさよならできたのではないかなとも思う。この家に住んでからの彼女は、会う度にキラキラしている。そのキラキラした眼差しで「電気富豪」の話をしてくれたりする。今や、生きるのがつらいどころか、楽しくて仕方がないという印象を受ける。私も電柱とさよならしてみたい、とさえ思うほどに。

 

先日は、冷蔵庫ももういらないかもしれない、というようなことを言っていた。私だったら明日、急に「あなたはもう冷蔵庫が使えません」と言われたら、受け入れられないと思うけれど、彼女のように少しずつ自然にかえってゆくような生活をしていたら、それも受け入れられるようになるのかもしれないと思わせられる。あって当然、なくなったら怖い。と思っていた電気だけれど、彼女を見ていると、それはただの思い込みだなと痛感する。

 

困った話がない彼女だけれど、先日は雨続きでちょっと困ったという。掃除機をやめてホウキとちりとりで掃除をしたという話だった。ようやく話のネタができたのね! と思っていたのだけれど、そのホウキとちりとりにはこだわりがあり、職人さんがひとつひとつ手作りしたような品で、むしろ使い勝手がよく、掃除機より使いたくなるというではないか! それは、どこまでも期待を裏切っているよ、チカちゃん! 

こんな風に、彼女はこの先困ったことがあっても、きっと楽しいことに変えてしまう。

だから彼女は、この先もずっと、困った話はできないままだ。

 

記事:渋沢 まるこ