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まるこ & あおい のホントのトコロ

さらっと読めて、うんうんあるある~なエッセイ書いてます。

「思い込み」は加速する一方だけれど、それでも大丈夫なワケ。

あおい

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「えっつ、そんなんないですよ」

 

「えっつ、ないの?」

 

「ないですよ、それ、漫画の見すぎちゃいますか?」

 

な・い・ん・だ。軽くショック。

 

 

 

 

私は中学、高校と6年間女子校に通っていた。

女子校だから男子はいない。当たり前だ。

 

本当は、公立に行きたかった。

いや違う。共学の高校に行きたかったのだ。

 

 

共学の高校に行ってやりたかったことがある。

まずは、男子と一緒に授業を受けること。

 

なんでそんなこと? って思われるかもしれないけれど、

青春時代の6年間を女子ばかりという特異な環境の中で過ごした私としては、

私の知らない世界がそこに繰り広げられているような気がして、

それを体験できなかったことが、非常に悔しい。

一度でいいから、男子と一緒に授業を受けたかった。

 

やりたかったことはそれだけではない。

一番やりたかったことは、同じクラスの男子と付き合うこと。

そして、その彼氏と、チャリンコ二人乗りして帰ること!

 

私は自転車の後ろに横向きに乗り、彼氏の腰につかまって、

土手沿いを走りぬける。

 そんな光景をずっと妄想しながら、共学はいいよな、と思いながら

女子高に通っていた私。

 

その話を、共学の高校に行っていた友人たちに話すと、

そこにいた数名が口を揃えてこういった。

 

「そんなん、ないから」

 

 

がーーん

 

 

ないのですか

何十年も妄想していたのに

ないのですか……

 

 

そんな

同じクラスで付き合うとか

ほぼないですよ

 

先輩とかかっこいいな、と思うことは

たまにあったけど

 

だいたい自転車で行く人

ほとんどいないし

 

土手もないし

 

漫画かテレビの世界ですよ、あれは

 

アハハハ

 

 

 

何十年にもわたる「思い込み」が

砕け散った瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そういえば先週、こんなこともあった。

 

友人たちとランチをしたとき

和食のお膳だったのだけれど大きなレモンが入っていた。

 

ところが、おかずを見渡しても、からあげとか塩の利いた魚とか、

レモンをかけて食べるようなものがなく

いったいこいつはなんのために存在しているのだろう? と思いながらも、

まあいいか、とスルーして手をつけなかった。

 

私は食べ終わって、そそくさとお膳を下げてもらい、コーヒーを飲んでいた。

すると、隣にいた友人が美味しそうにそのレモンを食べているではないか!

 

うわ、あんな大きいレモン、すっぱいのに美味しそうに食べてるよなー、

と、その光景をじっと眺めていたとき、あっつ、と気づいてしまった。

それがレモンではなく、グレープフルーツだったということに。

 

 

うわ、グレープフルーツだったのか! と思っても後の祭り、

お膳はもう下げられてしまっている。

 

「いやあ、それレモンやと思ってた」と私がいうと、

私の目の前にいた友人がすかさず、

「前に食べた時も同じこと言ってましたよ」

「え?ほんまに?」

「前もレモンやと思ってた、って言ってましたよ」

 

ガーーン

 

前にここでこのメンバーで食べたのって、たぶん1年ぐらい前の話。

それを覚えている彼女もすごいけど、そのことが全く記憶になくて

また同じ「思い込み」を発動してしまった私もなかなかすごい。

 

 

 

 

さらにもう一つ。

今年のアカデミー賞で主演女優賞をとった「ラ・ラ・ランド」のエマ・ストーン

彼女の受賞スピーチをテレビで見ていたとき、

 「この人ハリーポッターにでてたハーマイオニーやんな」と大きな顔して

言ったら、ええっ、と娘に驚かれた。その後彼女はこういった。

 

「それはエマ・ワトソン

 

ガーーン

 

エマはエマでもエマ違い……

 

 

 

 なんだろう、最近立て続けに、自分の浅はかな「思い込み」に気づかされる

ことが多い。 

 

思い込んでいた、ということは、誰に聞いたわけでもないのに、自分で勝手に

そうだと判断している、ということである。

 

そして、思い込んでいる時点では、それが「思い込み」だと気づいていない。

人から指摘されて初めて、それが「思い込み」だったと気づくのだ。

 

「思い込み」に気づいた時って、なかなかはずかしかったりする。

失望するときもあるし、なさけなかったりもする。

 まさしくガビーンだ。

 

これは老化現象なのか? だとしたら、この「思い込み」はどんどん

加速していくのだろうか?

 

 

 

 

 

いや、ちょっと待てよ。考えようによっては、もしかしたら私は、ものすごい

ラッキーなのかもしれない。

 

 

なぜなら、

この無意識の「思い込み」の「解除」ボタンを押してくれる友人がまわりに

たくさんいるということだから!!

 

  

自転車を二人乗りして土手を走る高校生カップルなんてそうそういない、と

教えてもらったおかげで、そういう体験ができなかったのは、女子校のせい

ではないということがわかった。

女子校であろうと共学であろうと、関係ない。彼氏がいる人はいるし、

いない人はいないのだ。

 

ランチのグレープフルーツについても、もし友人が指摘してくれなかったら、

次回もレモンだと思っていたに違いない。そしてなぜここにレモンがあるのか? 

とまた同じように疑問を持って、食べないままお膳を下げられるということに

なっていただろう。

 

エマワトソンとエマストーンに関しては

知ったかぶりをしてどこかで大恥かいていたかもしれない。

 

そうだ、大恥をかく前に、「思い込み」解除ボタンをそっと押してくれる人が

周りにいる。そして私は一つ賢くなるのだ。なんてありがたいことなのだろう。

  

 

自分の歯についている青のりは、自分の目では発見できない。

目の前の友人が「青のりついてるよ」って 言ってくれないかぎり。

 

ところがどうだろう、青のりがついていることを、

誰も教えてくれなかったとしたら?

 

心の中ではあの人青のりついてるって思いながら、

誰も教えてくれなかったとしたら? 

これほど情けない、悲しいことがあるだろうか?

 

「思いこみ」は歯についている青のりのようなもの。

ついてますよ、って優しく教えてくれる人がいることで、そのときは一瞬

はずかしいかもしれないけれど、

青のりがついた顔のまま、周りはみんな知っているのに、自分だけがそれを

知らないという、考えただけでも恐ろしい状況、それよりはよっぽどいいの

ではないだろうか。

 

私はこの場を借りて、「思い込み」解除ボタンを押してくれた友人に、

深く感謝したいと思う。

 

これからも私の「思い込み」はきっと続くのだろう。もしかしたら、加速していく

のかも知れない。

でも何も恐れることはない。

なぜなら「解除」ボタンを押してくれる人がまわりにたくさんいるのだから。