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まるこ & あおい のホントのトコロ

さらっと読めて、うんうんあるある~なエッセイ書いてます。

私は始末の悪い女

あおい

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「私、始末の悪い女なんです」

あるセミナーで知り合った女性とランチをしている時、彼女はこういって話し始めた。

「私ってすぐ誰とでも友達になれるの。でも、しばらく付き合っているとなんか合わないなと思う人も出てくるわけ。そうするともうあまり会いたくないなって思うようになって、相手からお誘いがきても、またねとか、そのうちとか適当にお返事してたら、だんだんと相手も誘ってこなくなるでしょ。

ところが、中には鈍感な人もいて、それでも誘ってくる人がいるの。もうめんどくさいわって思うんだけど、かと言って『私はもうあなたとは会いません』ってはっきり縁を切れるタイプじゃないから、結局相手が諦めるまで、曖昧な態度を繰り返すことになって。

それならすぐに友達にならなきゃいいのにって思うんだけど、お調子者だからすぐ仲良くなっちゃう。最近そういう始末の悪い自分がつくづく嫌だなあと思うの」

 

私は「始末の悪い」という表現をそんな風に使うことが面白いなと思った。そういう意味では私自身も始末の悪い女だ。自分から関係性を切るということができない人間。嫌になったらだんだんと連絡を取らないように、会わないようにして、徐々に距離を取っていく。いわゆる自然消滅というやつだ。相手から縁を切られることはあっても、こちらから縁を切るとか、金輪際会いません、ということはこれまでの人生で一度もなかったと思う。唯一あの事件を除けば。

 

その事件は、今から10年以上も前に起こった出来事だ。勤めていた小さな会社で出会ったある一人の女性がいた。彼女は私よりもひとまわり以上年下だったと思う。とても頭が切れて、しっかりもので仕事のできる女性だった。

 

当時私たちは、新しいプロジェクトを始めようとしていた。私が最年長だったことと、今の仕事に関わっている年数が一番長かったという理由で、私はそのプロジェクトのリーダーに指名された。とはいえ、それまで何かのリーダー役を引き受けたことはほとんどなく、どちらかというとサポート役に徹してきた私は、今回のリーダー役に全く自信がなかった。

そんな私を彼女は全力でサポートするからと言ってくれたおかげで、私は自信がないながらもやり遂げようと決心したのだった。

 

彼女は言葉どおり、本当に一生懸命サポートしてくれた。ところが一緒に仕事をしてわかったのは、彼女は私とは全く正反対の性格であるということだった。

私は、とにかく人と争うことが嫌いで、なんでも丸く収めようとする。自分の意見を押し通すことはしない。メンバーの意見を聞いて、無難にまとめようとする。とにかく穏便に、それが私のモットーだった。

ところが彼女はいつも戦闘モードだった。自分の意見をとことん主張した。争うことを恐れなかった。争っても勝てる自信があったのだと思う。そんな彼女を私は持て余していた。もっと空気を読んでくれたらいいのに、と思っていた。

 

しかし彼女からすると、私の言動や行動は優柔不断にしか見えなかったのだろう。もっとしっかりと引っ張ってくださいよ、彼女の顔には、いつもそう書いてあるように見えた。リーダーとしての適正からいうと、彼女のほうが明らかに上だったと思う。でも私は彼女にそのポジションを明け渡すことはしたくなかった。ひとまわり以上も年下で仕事のキャリアも私より短い。明らかに仕事ができるのは彼女の方だと気づいてはいたけれど、それを認めるのは私のプライドが許さなかった。

 

 

プロジェクトが立ち上がってから3ヶ月後、今後の方向性を決める大事な会議の日がやってきた。この日に向けて、私なりに一生懸命知恵をしぼり企画書を作ったつもりだった。でも実際のところ、本当にこれでいいのかどうか全くわからなかった。

 

会議のメンバーは7人。

社長と役員が1名。そしてプロジェクトのメンバーが私を入れて5人。もちろん彼女も同席していた。私は全員に資料を手渡し、企画書の説明を始めた。緊張で声が上ずっているのが自分でもわかる。

 

気がつくと、企画書を棒読みしている自分がいた。あんなに熱意をもって取り組んでいたはずのこのプロジェクトに対して、私のプレゼンには全く熱がこもっていなかった。自分の経験不足と知識のなさ、そして慣れないリーダー役のプレッシャーで失敗の連続だったこの数ヶ月の間に、すっかり自信を喪失している自分がいた。

 

棒読みのまま説明が終わった。

社長はしばらく黙っていたが、重い口を開いてこういった。

「これ、ほんとにできると思う?」

私は黙ってしまった。

 

自分さえ「やります! できます!」って言えば、結果は後でついてくるはず。

とりあえず、できるって言え!

頭ではそう思っているのに、「できます」という言葉がどうしてもでてこなかった。

 

社長は、しばらくしてからこういった。

「ぼくは正直、この企画は無理だと思う。というより、君はリーダーを続けていくことができるのか? 本当にリーダーとしてこのプロジェクトを成功させたいのか、もう一度ここにいるメンバーと一緒に考えてみたほうがいい。もし他の人にリーダーを譲るというのなら、それもアリだと思う。とにかく今のままの君では、この企画は無理だ」

そう言って、社長と役員はその場を去っていった。

 

 

残された私たち5人、しばらく何も言葉がでてこなかった。私はやはり、リーダーとしての素質がないのだろうか。このプロジェクトのためにも、私は降りたほうがいいのだろうか?

 

そんなことを自問自答していたとき、彼女が口を開いた。

「山田さん、あなたやる気あるんですか? 私、今まであなたをサポートしようといろいろやってきましたけれど、あなたにやる気がないのなら、私はどうすることもできません。

あなたリーダーでしょ。リーダーならリーダーらしく、もっとしっかりしてください!」

 

何も言葉が出なかった。彼女の言うとおりだ。こんなことぐらいで凹んでいるようでは、リーダーなんて無理だ。

「申し訳ない……」

私の口からでたこの言葉が、さらに火に油を注ぐことになってしまった。

 

「申し訳ないじゃないですよ! そういう問題じゃないでしょ。」

そこから彼女は、この3ヶ月あまりの間にたまったウップンをはらすかのように、あの時はこうだった、ああだったと、私のリーダーとしての資質のなさを暴露するような出来事を次々と話し始めた。そのうちそれは今のこの案件とは関係ないじゃないかというような話まで飛び出した。

 

私はそれを放心状態で聞いていた。もちろん、うすうすは感じていた。彼女は自分の方がリーダーとしての適正があると思っているだろうということを。そこを今回はあえてサポートする役に徹してくれているのだと。だからとてもありがたいと思っていた。ところがそうではなかった。彼女の中の闘争心がメラメラと燃えていた。感情をむき出しにして彼女はこういった。

「リーダー、続けるんですか! はっきりしてください!」

それは「私のほうが適任なんだからさっさと降りろよ!」と言わんばかりの気迫だった。

 

私は返事ができなかった。

ここまで誰よりもこのプロジェクトに尽力してきた。だからこそ、自分がリーダーとしてこのプロジェクトを成功させたかった。でもそれが自分のエゴであることに気づいていた。

結果として私がかけてきたものは時間だけだった。成果は何も残せていなかったのだ。

 

が、自分で決めるまでもなく、私はほどなくリーダーの座から下ろされることになった。社長自らがリーダー役を引き受けることになったのだ。そして彼女がこのプロジェクトの実務上のリーダーになった。私は一人のメンバーとしてこのプロジェクトに関わることになった。落胆したのと同時に、ホッとしている自分もいた。そうだ、私には資質がなかったのだ。彼女のほうが適任だったのだ、最初から。

 

その会議以降、彼女との関係性がギクシャクするようになった。私は直接出会ったり話したりすることを極力避け、連絡事項はなるべくメールで済ませることにした。

 

しばらくして、私は彼女に聞きたいことがあってメールをした。特に重大な要件ではなかったので、返事さえもらえたらそれでいいと思っていたのだけれど、その質問に対する返信よりもはるかに多い分量で、私に対するクレームを訴えてきた。実は私がリーダーとして一緒にやっていた時にも、攻撃的だと感じるメールは時々あった。でも私は争うことが嫌いだから、彼女をそれ以上怒らせないように、気を遣いながらご機嫌を伺うような返信をいつも返していたのだった。

 

ところがそのとき、私はこう思った。

戦ってやろう。とことん、戦ってやろうと。

いつもいつも言わせておけば調子に乗り上がって。あの会議の後、これでもかと私の資質のなさを暴露した、そのお返しをするのは今だ。これまで感じたことのなかった闘争心がメラメラと湧き上がってきた。

 

そして、彼女の攻撃的なメールに対して、私はそれを上回るような攻撃的な返信をした。今思えば、彼女の言っている事の方が理にかなっていたかもしれない。でも言い方が気に食わなかった。それを伝えたかったとしても、もっと他に言い方あるやろ? しかも私のほうが先輩やで? わかってるん? そんなことを心の中でつぶやきながら、ものすごい勢いで攻撃的なメールを送り返した。

 

これまで私からそんな激しいメールを受け取ったことがなかった彼女は、たぶん驚いたことだろう。リーダーから下ろされたのはお前のせいだと言わんばかりの勢いだった。筋違いだと言われればそうだったかもしれない。でもそんなことはどうでもよかった。今日は彼女を打ち負かしてやる、心の中はそんな思いでいっぱいだった。私は、彼女からの攻撃的な返信に対して、さらにそれを上回る返信をし続けた。

 

10回ぐらいやり取りしたあとだろうか。

 

「こんな理不尽なメールのやりとりにこれ以上は耐えられません。もうこれで勘弁してください。」と彼女からの返信。

 

「はい、私も今後あなたに連絡することはありません」と私から最後の返信。

 

勝った! 彼女に勝った! 私は彼女に絶縁状を突きつけたのだ!

私はその時初めて、はっきり人と縁を切るという体験をしたのだった。

 

 

それからほどなくして、彼女は職場を去っていった。理由は私と絶縁したことではなく、たぶん社長の方針についていけなかったからではないかと思うのだけれど、真相はわからない。

 

あれから10年、今はもう彼女がどこで何をしているのか私は知らない。風の噂で、元気にしているようだということは時々耳に入ってくる。あの時なぜあんなやり取りをしたのか、彼女に文句を言いたいのなら、もっと正当な方法で、真正面からぶつかっていけばよかったのに、とも思う。

 

たぶん私は、縁を切るという体験をしてみたかっただけなのかもしれない。そしてもっというと、彼女だったから縁が切れたのだと思う。彼女が攻撃的だったからこそ、私も攻撃的になれた。いつもは言わない毒を吐くということができたのだ。誰にも嫌われたくない私が、おまえに嫌われても別にいいと思えたのは、彼女が悪役を引き受けてくれたからだ。

 

調和することだけを優先して、言いたいことも言わずに生きてきた私にとって、彼女の存在はとても衝撃的だった。正しかろうが間違っていようが、自分の意見を主張するということは、本当はとてもエネルギーがいることだ。穏便に、自分の意見なんてなかったことにすることのほうが、実はよっぽど楽なのだ。やり込めてやったというのは大きなまちがいで、縁を切る、という体験をするために彼女は私の相手役を引き受けてくれただけだったのだ。

 

おかげで気づいたことがある。最後の絶縁メールを送ったあとの、勝った! という思いとはうらはらな後味の悪さ、そのことがココロのどこかでずっと引っかかり続け、後悔の念に苛まれる小心者の自分がいるということを。

縁を切るというのは、私にとってはとても困難なことだということを。

 

嫌になってもそのことをあえて言わず、ちょっとずつ距離を取る、そしてまたいつか、自分が会いたいなと思ったときにちょっとずつ距離を縮めていく、そんな関係性が私には合っていると思う。それを証拠に、今私はまた彼女に会いたいと思っている。

やっぱり私は始末の悪い女の方が向いているようだ。

 

記事:あおい