まるこ & あおい のホントのトコロ

さらっと読めて、うんうんあるある~なエッセイ書いてます。

もうヨリを戻すことはないけれど、あなたは素敵な恋人でした

f:id:maruko-aoi:20170601144307j:plain

 

私はあなたが大好き。私にとってあなたはお守り。どんなときでもあなたがいてくれると思うと、本当に心が安らいだものだ。

 

保育園に通っていた頃、私は高熱を出した。元々体が弱い私は、小さいころからよく熱を出し、何かといえば病院に連れて行かれた。だから、病院に行くのは慣れっこだった。そして、病院に行くとみんなが優しくしてくれて、体も楽になる。だから病院は私にとっていいところだった。

しかし今回はちょっと重症だったようだ。だから、しばらく入院。それはちょうどクリスマスの日だった。入院したのは小児病棟だったから、子供たちのベッドにはサンタがやってくる。何をもらったのかは覚えていないけれど、そのとき撮った写真には、点滴をしながらだるい顔をした私とプレゼント、そしてサンタが写っている。私は高熱で朦朧としていたのだけど、今日がクリスマスでラッキー! プレゼントまでもらっちゃった! と思っていた。この辺はやっぱり子どもだったのだ。今同じことが起こったら、しんどい時に来ないで! ゆっくり寝かせて! ぐらいにしか思わないだろうから。そもそも大人の病棟にサンタは来てくれないだろうけれど。

 

小学校のとき、お腹が痛くてたまらなくなった。横になっていても痛みはおさまらない。食欲もないし、食べても吐いてしまう。なんだかわからない。そこで、また病院へ連れて来られた。ああ、もう安心。だって、ここは病院だもの。この痛みもきっとどうにかなるはず。

結局私は盲腸だった。あっという間に手術台に乗せられて手術室へ。ああ、この丸い照明ってテレビで見たことある……そんなことを思っていると、あっという間に麻酔にかかり深い眠りについてしまった。

起きてみると点滴につながれている腕が見える。ああそうだった、私は手術されたのだった。でも安心。ここは病院だし、あなたもついていてくれるから。

私の盲腸はとても長くて珍しかったらしく、手術後に両親は「ご覧になられますか?」と聞かれたらしい。いや、それは私の盲腸だったのだから、私に見せて欲しかった! と猛烈に思ったことを覚えている。

 

高校生になると、多少は以前より体は丈夫になった。それでも、毎日皆勤という訳にはいかなかった。風邪で高熱を出し、近くの町医者へ連れて来られた。風邪だと診断した医者は「これですぐよくなるから」と言って注射を打った。しかし、その後すぐに私は具合が悪くなり、待合室の椅子に横になったまま動けなくなった。そんな私は、またすぐに病室へ運ばれ、点滴を打たれた。なにこれ? 注射があの量で効くってことは、よほど濃度が濃いってこと? それで今点滴で回復しつつあるってことは、点滴は濃度が薄いから効き目もゆっくりってこと? だったら、点滴の方がいいわよ。これからは、点滴にしてくださいってお願いしよう! そんなことを考えながら、病室のベッドの上でぼんやりしていた。

 

社会人になり、熱を出すことはあまりなくなったが、体調不良で病院にお世話になることは度々あった。

「急性胃腸炎ですね、お薬出しておきますから」

「あの、私ここ2日ほど何も食べられなかったんです、だからフラフラで……」

「じゃあ、点滴して行かれますか?」

「はい!」

 

私にとって、病院はとても安心する場所だった。そして、そこでいつも私に寄り添ってくれる「点滴」は私のお守り。点滴さえあれば、何でも解決するはず! とこの頃、私の点滴への盲信はピークに達していた。「点滴大好き!」とあちこちで公言し、それを聞いた人たちからは「それ、ちょっとおかしいと思うよ」と言われていた。いいの、いいの。誰が何といっても、私にとって点滴は偉大。苦しいとき、つらいとき、いつだって私のそばには点滴がいた。そしてそこから私を解放してくれたのだもの。私には点滴があれば大丈夫。何も怖くないわ。

 

とはいえ、だんだん私の盲信のピークは過ぎ、少しずつほころびが見えてきていた。それでも、心のどこかに点滴をお守りにしたい自分がいたことも事実だ。しかしある日、知り合いの医師がこんなことを言った。

「この間診た患者が、どうしても点滴をしてくれと言うからしたんだよ。点滴が効くとは思えなかったのに、点滴をしたら「先生! ありがとうございます。とても良くなりました!」なんて言って顔色までよくなって。あれは俗にいうプラシーボ効果だよね。その点滴はただの生理的食塩水なのに」

これを聞いて、私は膝から崩れ落ちそうになった。だってそれは、まさに私のことだったから。点滴は万能だと思っていたし、確かに私は点滴後には元気になっていたから。そうなのだ、私はある意味、無意識にプラシーボ効果で点滴を見ていたのだ。だから、お守りになっていたのだ。

 

さすがにこのカラクリが分かったときは、何とも言えない気持ちになったのだけれど、でも今はそれでもよかったのではないかと思っている。なぜなら、そのお陰で今があるのだから。体が弱ったときは心も弱りがちだ。そんなとき、自分にとって安心できるものがあるというのは心強い。科学的に効果のあるなしとは別に、きっとこういう思い込みによって体がよくなることだってあるのではないかと思う。あのまま、今も点滴好きを突っ走っていたら、結構痛い人だったと思うけれど、人に強要などしなければ、それもアリだったかもしれない。

 

人にはどうしても苦しいとき、つらいときがある。

そんな時に何かにすがるのは悪いことなのだろうか? 依存を求めるのはよくないことなのだろうか? 私はそんな時は、思い切りすがって、依存すればいいのではないかと思う。問題は、その状況に慣れきってしまい、いつまでたっても抜け出せないということなのではないかなと思う。

 

ともあれ、私の点滴盲信、点滴依存はこうして幕を閉じた。今はあまり病院に行くこともなくなったし、点滴をすることもなくなった。けれども、何だかちょっといい思い出として私の中残っている。昔の素敵な恋人の思い出みたいに。

 

 

記事:渋沢 まるこ