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まるこ & あおい のホントのトコロ

さらっと読めて、うんうんあるある~なエッセイ書いてます。

私が講師になりたいと思った本当の理由

あおい

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講師になりたかった。

なぜ? と聞かれると理由はわからない。なんとなく漠然と、講師になりたいと

思っていた。

かといって、そのことを誰かに話したわけでもなく、自分のココロの中で密かに

思っていただけだった。

 

というのも、私には講師になれる要素が一つもなかった。

講師というのは、誰かに何かを教える仕事、かつ人前で話す仕事。

誰かに何かを教えたことといえば、大学生の時に2年間ほど、中学生の家庭教師

をしていたことぐらいだ。それだって、ただ単にお金が欲しくてやっていただけ

で、教えることに対する情熱とか意欲とか、そんなものはひとつもなかった。

だいたい、子供が好きではなかった。先生の言うことを聞かない、思春期の

ややこしい学生を教えるなんて本当はしたくない。だから学校の先生になる気など

毛頭なく、教職もとらなかった。

 

大学を卒業してからOLを7年、その後は結婚してほぼ専業主婦、子育てまっしぐら。

私は、誰かに何かを教えられるようなことなんて一つもなかったのだ。

 

そして、人前で話した経験もほぼ皆無。PTAの集まりなどで、自己紹介をする

場面が必ずある。それさえもドキドキで心臓が飛び出しそうになっていたぐらいだ。

自分の番が回ってくるまでは、人の自己紹介なんて聞いちゃいない。

そしていざ自分の番になると、もうしどろもどろで何を言っているのかわからない。

声は震えるし変な汗は出てくるし、考えていたことの一割も話せない。

なのに、講師になりたいって? 笑える。だから恥ずかしくて誰にも言えなかった。

自分だけの秘密だった。

でも、なりたい、と思っていたのだ。50歳までに。

42歳の夏のことだった。

 

 


ある日のこと、朝のうちに家事をすませ、いつものようにぼーっとパソコンの

メールチェックをしているときのことだった。不要な営業メールに混じって一通

のメルマガが届いていた。それは一年ぐらい前から購読していたあるカウンセラー

の書いたメルマガだった。

 

そのカウンセラーは、カラダの症状からココロを読み解く、というちょっと

変わったカウンセリングをかれこれ20年ぐらいしている人だった。大人になって

から発症したアトピーの原因が知りたくて、私は彼のカウンセリングを一度だけ

受けたことがあった。彼は、私のアトピーと青春時代の失恋が大きく関わっている

と言った。そのとき私は初めてココロとカラダは繋がっていて、ココロのストレス

がカラダに影響するのだということを知り、目からウロコがものすごい勢いで落ち

るという経験をした。一見誰もが知っていそうで知らないことを、普通とはちょっ

と違った角度から教えてくれるという不思議な世界観に惹かれ、それからずっと

メルマガを読んでいたのだった。

 

その日もいつものように、興味津々でメルマガを読みはじめた。といいながら、

そのときの内容については実は全く覚えていないのだけれど、最後まで読み進めて

いった時に、こんな文字が私の目に飛び込んできた。

「認定講師募集!」

ん? 認定講師? 講師? なにそれ?

よくよく読んでみると、どうやらこのカウンセラーが、講師を育成するカリキュラ

ムを始めるというのだ。彼が先生となり、講師としてデビューできるようになる

までレクチャーしてくれるという。

 

行く!行く!

即決で申し込みボタンを押している私がいた。

なんの認定講師なのかもよくわからないまま。

これで講師になれるかもしれない。そう思った。ところが現実は、そう甘くは

なかった。


翌年の1月から待ちに待った講座が始まった。そこからそのカウンセラーと私は、

先生と生徒という関係になった。

私と同じ時期に、認定講師クラスにはいった受講生は40人以上いた。


初回は自己紹介から始まる。名前、どこから来たか、普段どんなことをしている

のかをひとりずつ話していく。相変わらず心臓バクバクな私。みんなが落ち着いて

いるように見える。

私の番。やっぱり言いたいことの一割も言えなかった。もちろん、講師になりたく

てきましたということも。

いや、そんなことが言えるような雰囲気ではなかった。

というのも、私は完全な場違いだったから。

 

ここに入れば講師になれると思って、何をするのかもよくわからず入った私とは

違い、他の受講生のほとんどが、今すぐ講師になれるぐらいのネタを持っていた。

どうやら先生は、ココロとカラダのつながりについて、多角的に教えられる講師を

育成したいようだ、ということをその時初めて知った。

 

当時の私といえば、心臓の場所は知っていても、肝臓がどこにあるのかも知らない

し、ココロがあるのはわかるけれど、心理学も学んだことがない、なんの知識も

経験もなかった。受講生40名の中で一番講師からは遠い存在。これだけは自信を

持って言えると思った。

 

が、そんなことに自信を持っても仕方がない。もう通うと決めてお金も払って

いる。どうなるかわからないけれど、とりあえず行くしかない。

完全なる場違いな中で、私の講師への第一歩が始まった。


授業が進むにつれ、先生の知識量と経験値は限りなく深いということがわかって

きた。ちょっとやそっと勉強したぐらいでは、先生のようになれないということは

明らかだった。授業を受ければ受けるほど、講師というポジションが遠のいていく

ような気がしていた。

 

そうやって一年が過ぎた頃、一年で辞めてしまう人もいたし、また新しく入って

くる人もいた。場違い甚だしく、ここにいても講師になれないかもしれないと思い

ながらも、私はなぜか継続して残ることに決めた。

 

2年目の授業が始まる前のことだった。先生と一対一で面談する機会がやって

きた。これから具体的に何をしていきたいのか、どんな講師になりたいのか、

それをはっきりとさせておく必要があるというのだ。

とはいえ私は、何の講師になりたいという明確な目標もない。しかも現在講師

からは一番遠い存在であることはたぶん間違いない。正直に言うしかないよな。

何がしたいのかわかりません、って。

そう思って面談に臨んだのだけれど、先生と話しているうちに、ふと思いついた

ことを話してみた。

「先生、私マッピングがしたいです」

「ええ? マッピング?」

それは授業の中で使っていた思考を整理するためのツールだった。

もともとは、先生がカウンセリングの中で、クライエントの話を整理するために、

メモの代わりとして使っていたものだった。

相手が話した言葉を聞き取り、紙に書きとっていくのだけれど、その時にただ

書き取るのではなく、言葉を〇で囲んでお団子のようにつなげていくという、

ちょっとおもしろい書き方をする。できあがると地図のようになっていること

から、マッピングと呼ばれていた。

 

講座の中では、学んだことを整理するために、毎回マッピングを使っていた。

実は、講座で学ぶココロのこと、カラダのこと、どんなことよりも私はこの

マッピングの時間が一番好きだった。

人見知りで場違いで、講座に行くたびに自信を喪失して、自分の居場所がわから

なくなっていた私にとって、このマッピングの時間だけが、唯一人目を気にせず

楽しめていると感じていたからだった。

「先生、私ココロとカラダのことはよくわかりません。でもマッピングなら

できそうな気がします」

マッピングを教えるの?」先生は不思議そうだった。

だってマッピングは、講座の中で使う一つのツールに過ぎなかったから。それを

レクチャーするなんてことは、全く想定していなかったと思う。

 

先生は少し考えたあとで、「じゃあやってみたら?」と言った。無理だとか

やめろとかは一切言わなかった。

いや、ここでやめろと言っても、私には他にできそうなことが何もないという

ことは、先生もきっとお見通しだったのだろう。やりたいということをやらせて

おいたほうがいいだろう、と思ったのかもしれない。

 

そこから、マッピングと向き合う日々が始まった。

とにかく実践しかないと思った私は、相手を見つけてはマッピングを取らせて

もらった。

講座の中では、先生がマッピングをしている時のスキルを盗んだ。そうやって

無我夢中でやっているうちに、講師になれるかどうかということよりも、

マッピングのスキルを向上させたい、という気持ちの方が強くなっていることに

気づいた。そして、このツールがただの道具ではなく、とんでもなく可能性を

秘めたツールであることも確信しつつあった。このツールをみんなに知って

もらいたい、と思うようになった。

 

そうやって1年半がすぎたころ、先生の方からこのマッピングを講座にしようと

いう話が持ち上がった。講座なんて作ったこともなければやったこともない。

でもやるしかなかった。いや、どうしてもやりたかった。一人では心もとない

からと、強力な助っ人をつけてくれて、彼女と二人で、一年かけて講座を作り

上げたのだった。

 

そうして迎えた2012年2月。初めての講座の日。

内容はきっとボロボロだったと思う。でも私は満足だった。

50歳までに講師になりたい、と思っていた。講師からは一番遠い存在だった。

そんな私でも講師になることができたのだ。しかも予定より早い47歳で。

 

随分と経ってからある受講生さんから、「あのときは受講している私のほうが

ハラハラしました」と言われた。「私のほうが教えるのうまいと思った」とか

「講座を受けながらこの人大丈夫か? と思った」とか、後になってからカミング

アウトしてくれた受講生さんが他にもおられたぐらい、最初の方の講座は本当に

ひどかった。受講生さんには申し訳なかったと同時に、やっぱり向いてないのか?

と落ち込んだこともあった。

 

それでも一方で、「熱意がすごく伝わりました」「とにかく熱かった」「おもしろ

かった」と言ってもらえたことはとてもありがたかった。上手ではなくても、情熱

は伝わるんだ、こんな私でも続けていいんだと言われているような気がした。


あれから5年たち、もう人前に出ても足が震えることはなくなった。アドリブで

話せるようにもなった。

講師としての素質はゼロ、いやマイナスで、なんの知識も経験もなかった私が、

こうして今、人様の前でお話することを許されているのは、講師になりたいと

思ったその気持ちを忘れずに諦めなかったこと、それだけではないかと思う。

 

今改めて、あの時なぜ講師になりたいと思ったのか、その理由を考えてみた。

結婚して子供が生まれてからほぼ主婦と子育てにエネルギーを注いてきた。長い間

家庭に入って自由のきかない生活をしているうちに、いつの間にか社会との接点を

見失って、私なんてこの世に存在してもしなくても、どっちでもいいんだ、そんな

ふうに思うようになっていた。自分の存在意義を見失い、何のために生まれてきた

のかを見失っている時期だった。

だから講師になったとき、私の話を真剣に聞いてくれる人がいること、社会とつな

がっている感覚、それがとても嬉しかった。

たぶん、自分という存在がこの世の中に存在している、その証がほしかったのだと

思う。

私はここにいるよ、ってこと、気づいて欲しかったんだと思う。


そう、ただ私は、認められたかっただけなんだ。

できるだけたくさんの人に、認めてほしかっただけなんだ。

社会に貢献したいとか、誰かの役に立ちたいとか、どうしても伝えたいことがある

とか、そんなかっこいいもんじゃなかった。ただ、認めてほしかっただけ。

 


でも、それでもいい。それが私だから。

それが前に進むためのエネルギーになるのなら、そして結果的に何かの役に立って

いるのなら、それでいいじゃないか。

 

私はこれからもずっと、認めてほしい病を発病し続けながら、誰かに認めてもらう

ために何かをし続けていくのだろう。

最後の最後に、もうええよ、って他の誰でもなく自分に認めてもらえるその日まで。

私を捨てないで。覚えていて。

まるこ

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私は最近、傘をなくした。

 

傘をどこかに置き忘れることはあっても、なくす、つまりどこに置いてきたのか、どこでなくしたのかわからなくなる、ということは今までなかったのに。ここ数年、年齢を重ねてきたせいか、人の名前や物の名前が覚えにくくなっている。「あれ、ほらあれだよ、ええと、なんだっけ」と言うことも増えた。そのせいでこんなことも起き始めたか、と思っていたのだけれど、考えてみると、別の見方もできるのではないかと思い始めた。

 

もしかしたら私は、物への執着が減ってきたのではないだろうか?

 

私は昔から片付けが苦手だった。物が多すぎたせいもあるのだと思うのだけど、そもそも物が捨てられない人だった。私が持つ物に関しては、ほとんど全部「どこで買ったのか」「誰からもらったのか」「これを買うとき、他の色とどちらを買うか悩んだのよね」などその物にまつわる物語を記憶している。自分がそうだから、世の中の人もみんなそうなのだと思っていた。

 

学生のとき、友人にCDを貸した。その当時自分で自作したきんちゃく袋に入れて。けれども、友人から返却されてきたとき、そのきんちゃく袋には入っておらず、CDだけになっていた。

「これ、きんちゃく袋に入れて渡したはずなんだけど……」

と私が言うと

「そうだっけ? そんなのなかったけどなぁ」

と軽く流された。なくしちゃったのかな、なら仕方がないか、と私もそれ以上は追及しなかった。

 

しかし、何か月後かに私は自分の目を疑うことになる。

その友人が、なんとそのきんちゃく袋を使っていたのだ。私は本当に信じられなかった。だが、その友人は悪びれる様子もなく、堂々と私の前でそのきんちゃく袋を使っている。市販品ならばまだわかる。同じものがどこにでも売っているのだから。だが、それは私が作った物なのだ。間違いようがない。これは何かの嫌がらせなのか? いじめなのか? などと考えてみたけれど、その後も友人が態度一つ変えずそのきんちゃく袋を使っているところをみると、本当にそのきんちゃく袋の出所を覚えていないようだった。

 

私もいじわるだなと思うのだけど、その袋は自分の物であると告げることはせず、友人にこう聞いてみた。

「今持ってるものってどこで買ったか覚えてる? 例えば、そのカバンとか、筆箱とか」

「そんなの、いちいち覚えているわけないでしょ。まさか、あんた全部覚えてるの?」

そのときの衝撃といったらなかった。そうなのか! みんなが覚えているわけではないんだ! と同時に、友人がきんちゃく袋を堂々と使っているわけも理解できたのだった。

 

 

ところで、うちの夫は今でこそ少なくなったが、物をなくす常習犯だ。ほんの15分程度しか乗らないのに、電車の切符をなくす。目的地の駅の改札前で、ポケットというポケットに手を入れて慌てて探すのはいつものことだ。傘も、もちろんすぐどこかに置いてくる。だからうちにはビニール傘がどんどん増えていった。

 

あるとき彼はお財布をなくした。あろうことか、そのお財布は私がプレゼントしたものだった。物をなくすことをいつも私に怒られていた彼は、さすがにこれは言えないと思ったらしく、同じお財布を自分で買って使っていた。だが数日後、私がうちに届いたはがきを見て、すべてが白日の下に晒されてしまう。そのはがきには「拾得物のお知らせ」とあり、警察から届いたものだった。拾得物の欄には「財布」と書いてある。あれ? おかしいな、と私は思う。昨日お財布を使っているのを見た覚えがある。どういうこと? という訳で、彼の偽装工作はあっけなく見破られてしまったのだった。

 

こんな夫と暮らしてみて、本当にだらしがない人だ! と怒ってばかりいたのだけれど、このところ見方が変わってきた。彼は、物に対して私ほど執着がないのかもしれない、と思うようになったのだ。彼はどうも物を所有するということに対して、私ほど興味がないようなのだ。物の捨て方をみても私とは全然違う。自分に今必要がなければどんどん捨ててしまう。まあこれは、私と違って物への記憶があまりないからなのかもしれないけれど。私は、その物を買ったときの気持ち、選んだ時の気持ちをありありと思い出してしまうから、なかなか物が捨てられなかったのだ。その時の自分の気持ちまで捨ててしまうような気になってしまっていたのかもしれない。

 

いや、もしかすると、私は物へ自分を重ねていたのかもしれない。私は「自分が」捨てられたくなかったのではないだろうか? 「自分が」忘れられたくなかったのではないだろうか? 思えば私は、親から、友人から、夫から……見捨てられはしないだろうかと、いつもどこかで怯えて生きてきたような気がする。表向きは強がって見せていても、どこかで「こんなことをして(言って)私は嫌われないだろうか? 見放されてしまわないだろうか?」と相手の顔色を窺っていたのだ。自分の自信のなさがこんなところにも表れていたのかもしれない。私の一部と化した「物」だから、捨てるには相当な心の痛みを伴う。自分で自分を捨てることになるのだから。それゆえ捨てるには相当なエネルギーが必要だったのだ。片づけをするのが苦痛だったのは、きっとこういう理由もあったのだ。そして、だいぶ片が付いてきた今、私は人の顔色を窺ってばかりの臆病な自分を、忘れられたくない自分を、だいぶ捨てられたのかもしれない。私の物への執着というのは、自分への執着だったのだろう。なくした「傘」は、そのことを教えてくれたのだ。

 

物を大事に使うことは重要だと思う。物をなくしてしまうことがとてもいいことだとも思わない。けれども、人間関係と同じように人それぞれ物との関係があって、それぞれが自分にちょうどいい距離感で暮らしているのかもしれない。ご無沙汰している物、いつも活躍している物、あんなに仲良くしていたのに、忘れ去られてしまった物。関係性は常に変化してゆく。やはり、人間関係と同じように。

 

私は今日、新たな気持ちで新しい傘を買いに行く。次はどんな関係になるのか楽しみだ。

 

 

記事:渋沢 まるこ

「思い込み」は加速する一方だけれど、それでも大丈夫なワケ。

あおい

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「えっつ、そんなんないですよ」

 

「えっつ、ないの?」

 

「ないですよ、それ、漫画の見すぎちゃいますか?」

 

な・い・ん・だ。軽くショック。

 

 

 

 

私は中学、高校と6年間女子校に通っていた。

女子校だから男子はいない。当たり前だ。

 

本当は、公立に行きたかった。

いや違う。共学の高校に行きたかったのだ。

 

 

共学の高校に行ってやりたかったことがある。

まずは、男子と一緒に授業を受けること。

 

なんでそんなこと? って思われるかもしれないけれど、

青春時代の6年間を女子ばかりという特異な環境の中で過ごした私としては、

私の知らない世界がそこに繰り広げられているような気がして、

それを体験できなかったことが、非常に悔しい。

一度でいいから、男子と一緒に授業を受けたかった。

 

やりたかったことはそれだけではない。

一番やりたかったことは、同じクラスの男子と付き合うこと。

そして、その彼氏と、チャリンコ二人乗りして帰ること!

 

私は自転車の後ろに横向きに乗り、彼氏の腰につかまって、

土手沿いを走りぬける。

 そんな光景をずっと妄想しながら、共学はいいよな、と思いながら

女子高に通っていた私。

 

その話を、共学の高校に行っていた友人たちに話すと、

そこにいた数名が口を揃えてこういった。

 

「そんなん、ないから」

 

 

がーーん

 

 

ないのですか

何十年も妄想していたのに

ないのですか……

 

 

そんな

同じクラスで付き合うとか

ほぼないですよ

 

先輩とかかっこいいな、と思うことは

たまにあったけど

 

だいたい自転車で行く人

ほとんどいないし

 

土手もないし

 

漫画かテレビの世界ですよ、あれは

 

アハハハ

 

 

 

何十年にもわたる「思い込み」が

砕け散った瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そういえば先週、こんなこともあった。

 

友人たちとランチをしたとき

和食のお膳だったのだけれど大きなレモンが入っていた。

 

ところが、おかずを見渡しても、からあげとか塩の利いた魚とか、

レモンをかけて食べるようなものがなく

いったいこいつはなんのために存在しているのだろう? と思いながらも、

まあいいか、とスルーして手をつけなかった。

 

私は食べ終わって、そそくさとお膳を下げてもらい、コーヒーを飲んでいた。

すると、隣にいた友人が美味しそうにそのレモンを食べているではないか!

 

うわ、あんな大きいレモン、すっぱいのに美味しそうに食べてるよなー、

と、その光景をじっと眺めていたとき、あっつ、と気づいてしまった。

それがレモンではなく、グレープフルーツだったということに。

 

 

うわ、グレープフルーツだったのか! と思っても後の祭り、

お膳はもう下げられてしまっている。

 

「いやあ、それレモンやと思ってた」と私がいうと、

私の目の前にいた友人がすかさず、

「前に食べた時も同じこと言ってましたよ」

「え?ほんまに?」

「前もレモンやと思ってた、って言ってましたよ」

 

ガーーン

 

前にここでこのメンバーで食べたのって、たぶん1年ぐらい前の話。

それを覚えている彼女もすごいけど、そのことが全く記憶になくて

また同じ「思い込み」を発動してしまった私もなかなかすごい。

 

 

 

 

さらにもう一つ。

今年のアカデミー賞で主演女優賞をとった「ラ・ラ・ランド」のエマ・ストーン

彼女の受賞スピーチをテレビで見ていたとき、

 「この人ハリーポッターにでてたハーマイオニーやんな」と大きな顔して

言ったら、ええっ、と娘に驚かれた。その後彼女はこういった。

 

「それはエマ・ワトソン

 

ガーーン

 

エマはエマでもエマ違い……

 

 

 

 なんだろう、最近立て続けに、自分の浅はかな「思い込み」に気づかされる

ことが多い。 

 

思い込んでいた、ということは、誰に聞いたわけでもないのに、自分で勝手に

そうだと判断している、ということである。

 

そして、思い込んでいる時点では、それが「思い込み」だと気づいていない。

人から指摘されて初めて、それが「思い込み」だったと気づくのだ。

 

「思い込み」に気づいた時って、なかなかはずかしかったりする。

失望するときもあるし、なさけなかったりもする。

 まさしくガビーンだ。

 

これは老化現象なのか? だとしたら、この「思い込み」はどんどん

加速していくのだろうか?

 

 

 

 

 

いや、ちょっと待てよ。考えようによっては、もしかしたら私は、ものすごい

ラッキーなのかもしれない。

 

 

なぜなら、

この無意識の「思い込み」の「解除」ボタンを押してくれる友人がまわりに

たくさんいるということだから!!

 

  

自転車を二人乗りして土手を走る高校生カップルなんてそうそういない、と

教えてもらったおかげで、そういう体験ができなかったのは、女子校のせい

ではないということがわかった。

女子校であろうと共学であろうと、関係ない。彼氏がいる人はいるし、

いない人はいないのだ。

 

ランチのグレープフルーツについても、もし友人が指摘してくれなかったら、

次回もレモンだと思っていたに違いない。そしてなぜここにレモンがあるのか? 

とまた同じように疑問を持って、食べないままお膳を下げられるということに

なっていただろう。

 

エマワトソンとエマストーンに関しては

知ったかぶりをしてどこかで大恥かいていたかもしれない。

 

そうだ、大恥をかく前に、「思い込み」解除ボタンをそっと押してくれる人が

周りにいる。そして私は一つ賢くなるのだ。なんてありがたいことなのだろう。

  

 

自分の歯についている青のりは、自分の目では発見できない。

目の前の友人が「青のりついてるよ」って 言ってくれないかぎり。

 

ところがどうだろう、青のりがついていることを、

誰も教えてくれなかったとしたら?

 

心の中ではあの人青のりついてるって思いながら、

誰も教えてくれなかったとしたら? 

これほど情けない、悲しいことがあるだろうか?

 

「思いこみ」は歯についている青のりのようなもの。

ついてますよ、って優しく教えてくれる人がいることで、そのときは一瞬

はずかしいかもしれないけれど、

青のりがついた顔のまま、周りはみんな知っているのに、自分だけがそれを

知らないという、考えただけでも恐ろしい状況、それよりはよっぽどいいの

ではないだろうか。

 

私はこの場を借りて、「思い込み」解除ボタンを押してくれた友人に、

深く感謝したいと思う。

 

これからも私の「思い込み」はきっと続くのだろう。もしかしたら、加速していく

のかも知れない。

でも何も恐れることはない。

なぜなら「解除」ボタンを押してくれる人がまわりにたくさんいるのだから。

 

 

 

 

負けず嫌いは 「敗北感」 しか得られない

まるこ

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私は負けず嫌いだ。

 

あの人にも、あの事にも勝利したい。敗北感なんて感じたくなどない。

けれども、負けはやってくる。あの人にも勝てない。気づけば敗北感だらけだ。

 

ある時私は思った。

 

私はいったい何に、何のために勝とうとしているのだろうか?

 

勝ちたいのは、私がいい気分になりたいからだ。

自分はあの人やあの事よりも上である、優れていると思いたいからだ。

いい人だと思われたい。仕事ができると思われたい。

 

私がそのために身に着けたものは「察する」という能力だった。

あの人は以前こう言っていた、今回はこう言っている、ということはきっとこう来る可能性が高い。だから準備しておくものはこの辺りだ、という能力だ。

これは仕事ではとても重宝された。私が欲しかった評価ももらえた。

 

だが、的中率は100%ではない。だから今度はいかに的中率をあげるのか? ということが私の課題になった。

 

しかし、私は神様ではないのだ。

 

100%の的中率だなんて設定自体に無理がある。だから、頑張っても頑張っても100%にはできなかった。そして、また、敗北感。

 

しかし、何なのだろう? この0100か的なこの発想は。

 

勝利したいから、敗北感を感じたくないから身に着けた「察する」能力。

なのに、100%にはならないのだから、結局のところ敗北感を味わいたいから頑張っていることになってしまっているではないか!!

ああ、私がしてきたことはなんだったのだろう。膝から崩れ落ちてしまう。

 

察する能力にも弱点がある。それは「相手」がいないとなかなか使えないということだ。自分のことを察しようとしても、それはなかなか難しい。察しているつもりで、見たくない(察したくない)ところは上手に逃げてしまう。しかも、逃げていることに気づいていないことさえあるから厄介なのだ。そうして、私はいつしか自分を見ることから逃げていた。人の事を見て、察していれば日常生活に支障はなかった。――はずだった。

 

けれども結局、私のやっていたことは、自分のことは置き去りにして、人の顔色を窺うという臆病なことだった。それなのに、人より優れていると思いたいだなんてちゃんちゃらおかしい。

 

気づけば私の足元は自分で作れておらず、他人の評価でできていた。そんな脆弱な足元を直視せずに、次から次へと崩れていく足元を必死に守ろうとしていたのだった。

 

まさに砂上の楼閣。

 

だから、いつまでたっても敗北感しか得られなかったのだ。

負けたくないから、敗北したくないから必死に勝とうとしてきたと言うのに。

 

私はついに「負け」を認めた。

 

私はどう頑張っても100%は出せません。

あなたの方が素晴らしいです。

あなたの方が優れています。

あなたの方が仕事ができます。

もう、あなたにはかないません。

 

こう書いてしまうと、自分を卑下しているだけのようにも思えるが、そうではない。

いや、最初はそうだったのかもしれない。けれども、こうして負けを認めているうちに気づいたのだ。

 

勝ち負けの発想自体がくだらない。

 

そもそも、何をもって「勝ち」なのか「負け」なのか、その辺があいまいだ。ある人にとっての「勝ち」は別の誰かにとっては「負け」かもしれない。自分が勝手に「勝った!」だの「負けた!」だのと、起きたことにラベルを貼って一喜一憂していただけではないのか。

 

まことにお恥ずかしい話ではあるが、私はせっかちゆえ、自分の前をゆっくり歩く人がいると許せず、どんどんと追い越してゆく人だった。

つまり、どんどん追い越して急いで目的地に到着することが、私にとっての「勝ち」だったという訳だ。だから、人が多いところでダラダラとのんびり歩いている人がいると、私はとてもイライラしていた。どうやって追い越すのか、とにかく私が先に進める方法を最優先に考えた。

 

だけど。

 

「負け」を意識するようになってから、無理に追い越すことがバカバカしくなってきた。

本当に急いでいるときは、追い越してでも向かわなければならない。

けれども、時間に余裕があるのなら、ゆっくり進んでもいいのではないか。大事なことは「自分のペースで」ということなのではないか。

 

私が勝った(と感じていた)ときには、誰かが負けていた。

もちろん、相手は「負けた」と思っていなかったかもしれないが、私が存在するためには「負けてくれる人」が必要だった。

そんなのフェアじゃない。改めて考えてみると、私ってどこまで自己中人間なのか、ぞっとする。

 

私はいつだって勝ちたいの。だからあなたは負けてね。

 

そんな風に言われてうれしい人なんてほとんどいないだろう。なのに、それを私は平然とやっていたのだ。

 

「負け」られるようになってから、私は自分の器が少し広がったように感じる。勝ちたかった頃は、負けたら器自体が消滅してしまう! くらいのことを思っていた。しかし、結果は逆だった。負けたら、素直に人のことを認められるし、自分のことさえも認められるようになった。

 

「負け」という言葉を使うのも、もうやめよう。

だって、決して「負け」なんかではないのだから。「負け」こそが「勝ち」なのだから。

そして、だからこそ勝ち負けなんてあまり意味のないことなのだから。

 

記事:渋沢 まるこ

とあるレジ係のおばさんにいつも苛立っていた理由

あおい

 

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「すみません、もう一枚袋ください」

「大きさは?」

「大で」

「はい、どうぞ」

私はこの会話を彼女と何度繰り返したことだろう。

 

家から歩いて3分のところにある大型スーパー、もうかれこれ10年以上、一応主婦だからほぼ毎日通っている。

 

それだけ通っていると、どこに何があるのかだいたい覚えるし、今日はこれがいつもより高いとか安いとかもわかるようになる。その上覚えなくてもいいのに、レジの人の顔まで覚えてしまった。おまけにあの人はレジが早いとか、この人は商品をかごに詰めるのが超うまいとか、この人はやたらしゃべってくるとか、そんなレジ係の特徴までわかるようになった。

 

その中で、この人のレジには絶対に並ばない、と決めているおばさんがいる。彼女はたぶん開店当初からいる超ベテランで、レジも早いし、詰めるのもうまいし、特に愛想が悪いわけでもない、ごく普通のおばさんである。

 

が、たった一つの難点が、私を彼女から遠ざけている。その理由が冒頭の会話。

彼女は、レジ袋をケチるのである。

 

このスーパーでは、商品を買うとレジ袋をくれる。そのレジ袋には大、中、小と3種類あって買い物の量に応じて大一枚とか中二枚とか、レジ係の判断で袋をくれるのだけれど、彼女はなぜかそのレジ袋をいつもケチるのである。

 

たとえばカゴいっぱい買い物して、これは大一枚でも入りきらないという時でも、中一枚とか、他の店員さんなら明らかに大二枚くれるでしょ、という時でも大一枚とか、とにかくケチる。

 

最初はそんなことは全く気づかずに、たまたま袋の量をミスったのかなと思い、もう一枚ください、と軽く言いに行っていたのだけれど、さすがにそれが数回続くとなんで? と疑問がわいてくる。

 

実は後から追加で袋をもらうことって、客の側からすると意外と苦痛なのだ。レジ係の背後から、レジに並んでいる人に気を遣いながら、「すみません、もう一枚袋ください」と言う時、「この人、ほんまは入るのに余分に袋もらおうとしてるんちゃうの?」というような疑いの目が、レジ係からも並んでいるお客さんからも向けられているような気になる。

 

いやいや、私だってそんなにたくさん袋が欲しいわけじゃない、気持ちよく商品を詰めて、気持ちよく持って帰れる袋があればいい、ただそれだけなんだ。そもそも詰め放題じゃあるまいし、なんでこんなに必死になって無理矢理詰め込まなあかんわけ? とだんだん苛立ちさえ覚えるようになった。

 

そんなわけで、私はそのおばさんのところには並ばないようにしていたのだけれど、ある日すいていると思ってうっかり並んだら、そのおばさんだったことがある。ミスった、と思ったけれど後の祭り。それでも前回並んだときから何ヶ月も経っているから、もしかして改心した? と思ったら大きな間違い、彼女は相変わらずケチなままだった。

 

どうやらそのことに気づいているのは私だけではなさそうで、夕方など混んでいる時にも、彼女のレジだけは人があまり並んでいなかったりするし、近所に住む友人にそのおばさんのことを伝えたら、私も知ってるよ、その人には並ばない、と言っていたから、やっぱりケチだと感じているのは私だけではなさそうだ。

 

レジ係の人が何人もいる中で、袋を渋るのは彼女だけだから、自分の渡す袋の量にはちょっと無理があるんだ、ということにいい加減気づいても良さそうなものだけれど、そんな気配は全くない。客の私が知っているぐらいだから、レジ仲間はきっとわかっているはず。

 

それでも断固として彼女がレジ袋をケチるのはなぜなんだろう?

その理由をちょっと考察してみた。

 

 

例えばこんな見方はどうだろう? 

そのおばさんが平均一日4時間レジに入っているとする。

一人あたりのレジの時間を3分とすると、1時間で20人、4時間で80人。

これを一週間続けると、560人。

一人につき、袋を1枚ケチっている、いや節約しているとすると、なんと一週間で560枚の節約になる。

これがもし一年だと80×365=29、200枚!!なんと、約3万枚!

私に対してはたった一枚の節約だけれど、塵も積もれば山となる。

 

このおばさんは、このスーパーにとってはものすごい経費削減に貢献している優秀なパートさんなのかもしれない。もしかしたら袋の消費量が少ないチャンピョンで表彰されているかもしれない。

 

いやそれとも、こんな見方もできる。レジ袋をケチったら、お客さんに嫌がられる、すると、自分のレジにはあまり人が来ないから忙しくならない。要は同じ時間内でいかに楽できるかを考えているという、スーパーにとっては人件費の無駄とも言える不良パートである、という可能性。

 

いや、ただ単に鈍感なだけでレジ袋のことなんか気にしていない、特に意図はないでしょう、という見方もある。

が、あのおばさんのきっちりかっちりしていそうな外見からしてそれはありえないと思う。

 

 

ああ、いったい何が目的なんだ?

袋をケチって客をイライラさせて、いったい何がしたいんだ?

 

 

と、ここまで考察してみて、わかったことがある。

おばさんがレジ袋をケチる理由、それはいくら考えてもわからない。なぜならこれは私の妄想でしかなく、あのおばさんの本当の気持ちなんて、本人に聞かないかぎりいくら考えてわかるはずがない。

 

そんなこと初めからわかっちゃいるのに、なぜ考えても仕方のないことを考えてしまうのか? それはそのおばさんのことが気になっているからで、その気になっている理由はというと、実は自分もあのおばさんに負けないぐらいケチだから。大雑把に見せているけれど、実は結構細かいのだ、私って。

 

人は自分がひた隠しに隠しているところをあからさまに見せられると腹が立つものである。私は彼女がレジ袋をケチるたびに、自分のケチな部分を見せられているような気になっていただけなのだ。

 

そう、彼女がケチる理由なんて実はどうでもよかったのだ。私は自分のケチな部分を見るのが嫌だっただけ。ああ痛い。

 

ただひとつだけ言えることは、今まで彼女はそのスタンスを変えなかった、そしてこれからも変えるつもりはなさそうだ、ということである。

 

ならば私も、彼女には絶対に並ばない、と決めるだけである。自分のケチを毎日目の当たりにするほどの勇気は、今の私にはまだないから。

というわけで、わざわざ混んでいるレジに今日もまた並ぶ。

いつの日か、彼女の前に行き、心の中で「仲間だね」とつぶやけるようになる日まで。

 

記事:あおい

 

 

私、ここまでなら脱げます

まるこ

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歳をとってきたせいなのか、かなり脱いでも平気になってきた。

お金を稼げるような、そんな人様にお見せできるような価値のあるものを持っているわけでもないし、有名人でもない。だから等身大の自分というものがわかってきたのかもしれない。

 

だいたい若い頃は完全に勘違いしていた。

どんどん脱いで、たいしたことがないことがバレたら、もう誰も私になんて目もくれないだろう。であれば、じらして、ちらっとだけ見せて人の気を引いておかなくては……と思っていたが、そんな面倒くさい人にずっと付き合ってくれる人なんてそうそういないのだ。今となっては、どうして脱ぐことがあんなにも恥ずかしいと思っていたのか、謎に思うほどだ。あの頃、さっさと脱いでしまえばよかったのに。

 

脱ぎ始めた頃はもう本当に清水の舞台から飛び降りるような気持ちだった。

こんなに脱いじゃって本当に大丈夫なのか? そんなあからさまな姿なんて誰も見たくないんじゃないか? そんなもの、公衆にさらすな! などと言われるのではないか? と恐れていた。だが、やってみると意外にも好意的に受け止められた。それどころか

 

「私も脱いでみたい」

 

という人まで現れた。

 

なんだ、実はみんな脱いでみたいんじゃないか!

 

脱ぎたいなら脱いでみてしまえばいいのだ。

やっぱり違う……と思うのなら、また着ればいいだけの話なのだから。

躊躇しているのは自意識があるからだと思う。他人からどう思われるだろうか? とか嫌われたくないとか思ってしまうから。けれど、その一線は思っているほど高くはないのだ。高いのは「心の壁」の方なのだ。

 

私は脱いでいく過程で、何度も号泣した。

しまった! こんな公衆の面前で脱いでしまった……と後悔したわけではもちろんない。むしろ、そうやって脱いで行けている自分がとても愛おしくなってきてしまったからだった。

 

私はきっと、本当はもっと前から脱いでしまいたいと思っていたんだ。

脱げば脱ぐほどそのことを確信した。

脱いで、泣いて、脱いで、泣いて……を繰り返していく中で、どんどん身体が軽くなってゆくのを感じた。脱いだら必ず泣くわけではないのだが、しかし、脱いで、泣いてという行為は確実に私の中の何かを浄化してゆく。

 

私がこうして文章を書くとき、なぜかもう一人の自分が私の首を絞めてくる。

 

「脱げ! 脱いでしまえ!」

 

と言いながら。私は

 

「く、苦しい……」

 

と言いながら、脱いで行かざるを得ない。

正直言えば、脱いだふりでもいいかなと思う時もあるのだけれど、それはすぐにバレてしまうのだ。だって、もう一人も自分だから。

 

お題に対して、いや、自分に対して嫌というほど向き合わなくては文章が書けない。これはもう私のスタイルだとしか言えないけれど、そういう風にしか今のところ書けていない。恥ずかしいけれど、もう心を決めて脱ぎます! 脱いでみたら私はこんな感じなんです。あとはお好きにどうぞ。といった具合なのだ。

 

けれど、本当に恥ずかしいのは中途半端な脱ぎ方をしたときなのかもしれない。全部、もう何も隠すことがないくらいに脱いでしまうと、あとはもう爽快感しか残らないのだ。達成感と言ってもいいかもしれない。隠しようのない「私」をさらけ出してしまったら、恥ずかしさなどない。だって、これが「私」だから。格好をつけることもできない。虚勢を張ってみることも、着飾ることもできないのだ。ここまで来ると開き直るしかなくなる。これが私なんです。ご期待に添えないかもしれません。でも、今の私にはもうこれ以上どうしようもできないのです。

 

しかし、こんなに脱ぐものがあって、これからもあるであろうことを考えると、そもそも私は「着過ぎ」なのだろう。言い訳という便利なものを着てみたり、怒りという武器を身に着けてみたり。ああ、だから向き合って少しずつ減らしていったから身体が軽くなっていったのだ。今までは必要だったこれらのモノ。今まで役立ってくれてありがとう。でも、これからはもう必要ないかも。

 

今まではどうやって着飾るのか、どうやって沢山のモノを手に入れるのか、そればかりを考えてきた。けれども、ここからはどんどん脱いでシンプルにしたいと思う。

 

これからもっと脱いで行くとどんな「私」が現れてくるのだろうか。

時にはヘドロのような自分を見るかもしれない。悪臭を放っていて、すぐに蓋をしたくなるかもしれない。けれど、それも自分なのだ。いつの間にか放置して腐らせてしまったのは私。まるで冷蔵庫に入れっぱなしにして放置されたままの野菜のように。だれも代わりに掃除などしてくれないのだ。いつか自分で見つけて後始末をするまでは。

 

私は今現在脱げるであろうところまで限りなく脱いでいる……つもりだ。

まぁ、本当はまだまだ着ぶくれしているのだろうけれど。

 

記事:渋沢 まるこ

彼女は困った話がしたいのだけど

まるこ

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チカちゃんは、電柱につながっていない家に住んでいる。

 

だから2年前に家を新築した後、メーター検針の人がやって来た時には、家の周りをぐるぐる回って一生懸命メーターを探していたそうだ。しかし、探せども探せどもメーターは見つからない。そこで、検針の人はインターフォンを押して尋ねたそうだ。「お宅のメータ―はどこにありますか?」と。検針の人にしてみれば、そもそもメーターがついていない家なんてあるわけがないと思っていたのであろう。チカちゃんはチカちゃんで、この時、ウチの周りを不審者がウロウロしていると思っていたそうだ。

しかし、電柱につながっていないということは、メーターだってあるわけがない。チカちゃんは事情を説明して、検針の人に帰ってもらった。だが後日、今度は電力会社の人が黒塗りの車で現れて、またその人に「事情を説明してもらえますか?」と言われたそうだ。山奥ならばまだしも、普通の住宅地にそんな家があるということが理解できなかったのだろう。

 

確かに、私を含めてほとんどの人は、家は電柱につながれているもの。そして、そこから電気を買って使う。ということが当たり前になっていて、そこに疑問を感じることは少ないのではないかと思う。言っておくが、チカちゃんも何年か前まではそういう人だった。けれども、震災をきっかけに「電気」というものについて考えるようになった。もちろん、私だって考えなかったわけではない。けれども、便利な都会生活を享受してしまっている私にとって、今更、川で洗濯したりローソクの明かりで夜を過ごすなんて、そんな時代を遡ることは、なかなか決意できなかったのだ。私ができたことは、せいぜい夏にエアコンを使わないことくらいだった。

 

とはいえ、彼女も最初から新しい家は電柱につながないと決めていたわけではなかった。屋根に太陽光パネルを設置することは決めていたが、雨や曇りなどで電力が足りなくなったら、パチンと電力供給の切り替えボタンを押して、その時だけ電力会社から電力を買おうと考えていた。だが、いざ家を建て始めると、敷地内に電柱を立てなければいけないことがわかった。彼女はそこで悩む。自分の敷地内に電柱を立てることは納得できない。電柱を立てるくらいならば、好きな樹を植えたい! と思った。そこで、悩んだ末に電柱とはさよならして電気を自給自足してゆく生活を選択した。もし、電力が足りなくなったらローソクが必要だろうと、彼女は大量にローソクを買い込んでその日に備えたのだった。

 

そして、彼女のその家は、先日2周年を迎えた。ローソクは最初に買い込んだ数のまま、今でも一度も使ったことがないそうだ。

こういう家に住んでいるので、彼女のもとには時折、取材や講演依頼が来る。それで彼女は取材を受けたり、講演したりしているのだが、ひとつ困ったことがあるという。それは、こういう家に住んでいるからには、ローソク生活のような、とても困った話を期待されることが多く、質問もそちらの話がよく出るということなのだ。けれども、困ったことがないので、どうにも答えられない。もちろん、彼女の家では何も考えずに電力を消費しているわけではなく、普段はできるだけ無駄な電力は使わないようにしている。しかし、彼女の家には、洗濯機や乾燥機、冷蔵庫、掃除機にエアコンだってある。そして、スマホやパソコンだって使っている。私が想像していたような、川で洗濯……なんて時代を遡るような生活はしていないのだ。

晴れた日には、屋根の太陽光パネルがどんどん電気を作ってくれる。余るくらいだし、そんなに溜めてもおけないので、そういう日は電気を大量に消費する電気器具を存分に使って料理をしたり、洗濯をしたりしている。彼女はそういう日を「電気富豪の日」と呼んでいる。だって空からじゃんじゃん電気が降ってくるから、という理由だ。

 

私が最初に彼女に会ったとき、彼女の印象は「とても真面目な人」だった。あまりに真面目だったから、もしかしたらこの人はその真面目さゆえに生きるのがつらいことがあるかもしれない、と思ったほどだ。しかし、真面目だからこそ、電柱より樹を植えたいと思い、思い切って電柱とさよならできたのではないかなとも思う。この家に住んでからの彼女は、会う度にキラキラしている。そのキラキラした眼差しで「電気富豪」の話をしてくれたりする。今や、生きるのがつらいどころか、楽しくて仕方がないという印象を受ける。私も電柱とさよならしてみたい、とさえ思うほどに。

 

先日は、冷蔵庫ももういらないかもしれない、というようなことを言っていた。私だったら明日、急に「あなたはもう冷蔵庫が使えません」と言われたら、受け入れられないと思うけれど、彼女のように少しずつ自然にかえってゆくような生活をしていたら、それも受け入れられるようになるのかもしれないと思わせられる。あって当然、なくなったら怖い。と思っていた電気だけれど、彼女を見ていると、それはただの思い込みだなと痛感する。

 

困った話がない彼女だけれど、先日は雨続きでちょっと困ったという。掃除機をやめてホウキとちりとりで掃除をしたという話だった。ようやく話のネタができたのね! と思っていたのだけれど、そのホウキとちりとりにはこだわりがあり、職人さんがひとつひとつ手作りしたような品で、むしろ使い勝手がよく、掃除機より使いたくなるというではないか! それは、どこまでも期待を裏切っているよ、チカちゃん! 

こんな風に、彼女はこの先困ったことがあっても、きっと楽しいことに変えてしまう。

だから彼女は、この先もずっと、困った話はできないままだ。

 

記事:渋沢 まるこ