まるこ & あおい のホントのトコロ

さらっと読めて、うんうんあるある~なエッセイ書いてます。

亀の死は、いつかどこかの私から今の私へのメッセージだった。

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亀が死んだ。

 

次男が可愛がっていた小さなミドリガメ

4~5年前、彼が小学校4年生の時、用水路で見つけて我が家に連れて帰って

きた。

「名前、どうしよかなー」と悩んでいる次男に、「亀やから亀吉でいいやん」

と安易なネーミングを提案したのは私だ。

 

最初は嫌がっていた次男も、いつの間にか「亀吉」と呼ぶようになった。

水槽の中で、気持ちよさそうに泳ぐ亀吉。近寄って水槽をトントン叩くと、寄っ

てきて水面から顔を出す。餌を投げ入れると、首を伸ばして上手に口でキャッチ

する。

 

声をあげるわけでもなく、愛想をふりまくわけでもないが、こちらが近づいて

いくと、ちゃんとそれなりの対応をしてくれる。

そんな亀吉を、私は特別かわいいと思ったわけではないけれど、生き物を飼うと

いうことは、最後まで面倒を見るということ、キミが責任を持ってお世話するん

やで、とそれだけは次男に念を押した。

 

というのも過去に長男がカエルを二匹捕まえてきたとき、ちゃんと世話をすると

いいながら餌もやらずに放置したあげく、最後には共食いをして死ぬという悲惨

な光景を目の当たりにしたことがあったから。次男の性格上、そんなことには決

してならないとは思うけれど、それでもしつこく言わずにはいられなかった。

 

そのいいつけを守って、次男はちゃんとお世話をした。

毎日餌をやるのはもちろんのこと、亀吉の住環境をよくするためにホームセンター

の亀用品売り場に行っては、水を濾過するためのフィルターやら、亀の遊び道具

やら、様々調達してきた。定期的に水を入れ替えたり、水槽の大きさを大きくし

てみたり小さくしてみたり、亀一匹にそこまでしなくてもいいんちゃうん? と

思うこともしばしばあったけれど、まあ本人が楽しくやっているならそれでいいか

と思い、あえて口出しはしなかった。

 

亀吉が甲羅の病気になったときも、ネットで治療方法を調べて、日光浴させたり、

薬をつけたりして献身的にお世話をしていた。そんな様子をそばで見ながら、

私は一切手出しをしなかった。

私にとっての亀吉の存在は、次男が大切にしている生きもの、そういう位置づけ

にしか過ぎなかったのだ。

 

 

「亀吉が死んだ……」

仕事から帰った私に、小さな声で次男が言った。

彼の手の中には、動かなくなった亀吉がいた。

 

 

 

えっつ……

 

信じられなかった。

だって、「鶴は千年、亀は万年」っていうやん……

私は心の中でつぶやいた。

 

 

もともと亀という生き物は、そんなに俊敏に動くわけではない。

もしかして眠ってるだけちゃうの? と次男に問いかけてみたけれど、

これから夏に向かおうとしているこんな時期に冬眠する訳もなく、

甲羅をちょんとつつけば、反応して首を出したり入れたりするはずなのに、

首はひっこんだまま動く気配もない。

 

どうやら、死んでいることは間違いなさそうだった。

 

 

 

ほんまに、死んでる……

その瞬間、涙が溢れてきた。

 

 

 

 

え? 何泣いてるん、私。

だって、あんた、別に可愛がってなかったやん。

 

週に一回、様子を覗きに行くかどうか、その程度の存在やったのに、

何泣いてるんやろ、私。

 

自分が泣いている理由が謎だった。

確かに年齢とともに、涙もろくなっているのは否めない。

だけど、亀が死んだぐらいで、こんなに泣く?

 

自分の不思議な行動を客観的に眺めているもうひとりの自分。

 

そんな私をよそに次男は、しばらく呆然と立ち尽くしていたものの、

「お墓作るわ」といって庭に穴を掘り始めた。

 

動かなくなった亀吉を、丁寧に木の葉で包み、土をかぶせ、目印の棒を立てた。

手を合わせる彼の横で、私も一緒に手を合わせた。

 

次男はそのあとも涙ひとつこぼさず、亀吉が今日まで住んでい水槽を洗い、不要

になった亀吉の遊び道具を処分し、最後のお世話を完了させた。

彼が冷静であればあるほど、私の涙は奇怪なものに見えてきた。

 

 

可愛がってもないくせに、なぜあんなに泣けてきたのか?

泣くことに理由なんてないのかもしれないけれど、私はその理由を知りたくなった。

 

そして、私は考えた末、こんな結論を導きだした。

私は息子の悲しみを先取りしていただけだったんだ、と。

息子があれほど可愛がっていた亀が亡くなって、さぞかし彼は悲しんでいるだろ

う、落ち込んでいるだろう。

「子供が悲しむのを見て悲しむ親の構図」だ。

 

ところが、思ったより子供は冷静だった。

だからこそ余計、違和感を感じてしまったのだ。

 

勝手に思い込んで、先取りして、

まるで一人ツッコミ、一人ボケ、しかも誰も見てない一人芝居だ。

 

いずれにしても、次男がそれほど落ち込んでいないのなら、

これ以上深追いする必要もないか……

 

そう思って、この亀の一件に関しては、それ以上追求するのをやめた。

 

 

 

それから1週間後のこと。

知り合いの占い師に、今後の運気を見てもらっているときのことだった。

彼女いわく、これまでも概ね、運気の流れに従って行動できている、

だからこれからも、何も心配することはない、ただ、カラダだけには気をつけて、

と。

 

 

そう、自分でもそう思う。

夫はマジメに働いてくれている。子供たちも大きくなって、特に問題もない。

食べるものもある、住むところもある、着る服もある、

好きなことやらせてもらっている、

なのに、ここ数年の焦り。この焦りはなんだ。

 

年齢のせいもあると思う。

今のように動ける時間はあまりないと思っている。

だからこそ、何か早く結果を出したい。まだまだ、今のままではあかん。だから

焦る。

 

 そんなことを話していたとき、

「じゃあ、最後にカード引いてみましょうか?」と彼女が言った。

 

そこにあったのは79枚の禅タロットカードだった。

彼女は慣れた手つきで、そのカードを私の目の前に広げてくれた。

 

「どれでもいいので、左手で一枚引いてください」

 

私はそっと一枚のカードを手に取り、表を向けた。

 79枚の中から直感で選んだカード、それは「亀」のカードだった。

そこには、遠くにある虹色の美しい光を求めて必死で進もうとしている亀の姿

があった。絵の下には、英語で「SROWING  DOWN」と書いてあった。

 

彼女がカードの解説をしてくれた。

「この亀は、遠くにある虹色の美しい光を求めて必死で進もうとしています。

でも、よく見てください、この亀の甲羅を」

 

 

私は、あっつ、と声を上げた。

 

 

その亀の甲羅は、はるか遠くにある虹色の美しい光と同じ色をしていたの

だった。

 

「この亀は、すでに持っているんです。虹色に輝く光と同じものを。

だけど、そのことに気づかずに、先を見て必死に進もうとしている。

もう持っているんですよ。それに気づきなさいってことじゃないでしょうか」

 

彼女にそう言われたとき、私の目の前に、

次男の手の中で動かなくなってしまった亀吉の甲羅が、フラッシュバックした。

カラダの中から、言葉では表現しがたい痺れるような感覚が湧き出てきた。

 

亀吉が死んだ時に泣けてしまった理由を、「子供が悲しむのを見て悲しむ親の

構図」だといいながら、何か違和感を感じていた。

そうではなかったんだ、とその時思った。

 

 

パラレルワールド、という言葉をご存知だろうか?

私自身、その解釈について詳しく語れるほどの知識を持ち合わせていないのだ

けれど、

 

もし、もしも、

今私が住んでいるこの世界は、無数にある世界のうちのひとつにすぎなくて、

 その無数の世界のあちこちにいる「私」という存在が、どこかでつながってている

としたら、その存在からのメッセージを様々な形で受け取っている、ということも

あり得るのではないかと。

 

 

もしかしたら亀吉は、私がすでに「虹色の甲羅を持っている」ということを、

死をもって伝えようとしてくれていたのではないだろうか?

そして、そのメッセージを亀吉に託したのは、どこかの次元にいるいつかの私。

 

 

 こんなSFのような話、他人からしたらバカバカしくて聞いていられないかもし

れない。 映画の見すぎもしれない。亀のカードを引いたのは、単なる偶然、そう

かもしれない。 

でも、それでもいいのだ。なぜなら、あの時の涙の理由が腑に落ちたから。

そう信じてそれで私が幸せなら、それでいいではないか。

 

 

たぶん、亀のカードを引いただけでは、私は納得していなかったと思う。

それだけでは、焦る気持ちを抑えられなかったと思う。いろんな言い訳をして、

無理をし続けていたかもしれない。

 

 

大丈夫、焦らなくてもいい。

あなたは既に持っている。

だから もっと大事にしなさい。

自分の命を大事にしなさい。

 

どこかの次元のいつかの私からのメッセ-ジ。

 

しっかりと受け取って、今すでにある自分の甲羅を磨いていこうと思う。

 

記事:あおい