亡くなった彼からのメッセージ
「昨日、Nくんの家で火事があり、残念ですが彼は亡くなりました」
考えてみれば、朝から何だか変だった。通学途中に空き地で、今までに見たことのない数のカラスを見た。気持ちが悪い……。こんな数のカラスがいるのを見たことがない。不吉だ。そう思った。なんだか胸騒ぎがする。だけど、私の思い違いかもしれない。どうしてカラスが沢山いると不吉なのだろう? スズメが沢山いても不吉じゃないのはどうしてなのだろう? カラスは黒いから、そういう理由だけなのでは? 私はたまたま今日沢山のカラスを目撃しただけなのではないのか? 頭の中が少しパニックになって、整理ができなくなっていた。でも、とにかく、彼の机の上には花が置かれている。それは紛れもない現実だった。私は、ただぼんやりとその花を見つめていた。
「彼はどんな子でしたか?」
「彼とどんな話をしたことがあるのかな?」
ああ、これがドラマで見るあれなんだ。本当にそういうこと聞いてくるんだ。それはテレビの中にしか存在しないことだと思っていた。自分がその渦中の人になるなんて、考えたこともなかった。
マスコミはちょっとした事件であるこの火事を記事にするために取材をしていた。相手はまだ中学生だというのに。こんな時にあんな質問してくる? デリカシーがないよね? それは中学生でもみんなが思っていることだった。
下校途中にNくんの家はあった。なんだかんだ言っても現場を見たいという気持ちがあり、学校からの帰りに現場に寄った。住宅街の中に黒焦げの家が見えてくる。焦げた臭いがする。
この家で彼は火事に遭い、どんなことを思ったのだろうか? 熱かっただろうか? 苦しかっただろうか? 考えれば考えるほど辛くなった。
その後もどんどん噂は耳に入ってくる。「夜中なのに、親は家にいなかったらしいよ」「近所の家の人は、何度も「助けて」という声を聞いたらしいよ」「保険金が沢山払われるらしいよ」どれが本当なのか、嘘なのか知るすべもなかった。
あのとき、私は中学一年生だった。
Nくんとは同じクラスで、行っていた塾も同じだった。でも、特に仲が良かったわけでもなく、むしろ、あまり話をしたこともなかった。とはいえ、私にはやり残したことがあった。実は、少し前に彼からラブレターをもらっていたのだ。そして、返事はしていなかった。だから、私はとても複雑な気持ちだった。私は彼のことをどう思っていたのだろう? そうは言っても、あまり彼のことはよく知らないし……。でも、返事はしておけばよかった。もう彼に会うことはできない。
クラスでは、どうしてそういうことになったのかわからないが、全員で千羽鶴を折ることになった。どうしてこんなときに千羽鶴なのか、よくわからないけれど、無心に鶴を折って、やるせない気持ちをどうにかしたかったのかもしれない。
私は返事を折り紙に書くことにした。
「お手紙ありがとうございました。あなたのことは、いい人だなと思っていました」
何を書こうか悩んだ挙句、こんなことしか思い浮かばなかった。これを折り紙に書き、鶴を折った。とにかく彼に返事をしなければ。私は鶴に答えを託したのだった。それが彼に届いたのかどうか、わからないけれど。
それからしばらく経ち、その間にクラスの中から彼の机が撤去された。毎日の勉強やテスト、部活など、私たちは日々の生活の中で彼のことは少しずつ記憶から薄れていった。
実力テストが近づいていた。コツコツ型ができない私は、夜中まで起きて必死に暗記しようと、自分の部屋で机に向かっていた。暑い時期だったので、窓は全開。しかし、田舎なので夜になるとひんやりと涼しい風が入ってくる。山の中、というわけではないけれど、住宅密集地帯でもなく、夜中なので人通りもない。窓を開けていても、しーんと静まり返っているだけだ。そんな中、私は必死に机に向かって格闘していた。
ん? 何か聞こえる。耳をそばだてて聞いてみると、窓の外からとてもへたくそなリコーダーを演奏する音がする。とぎれとぎれで、通してきちんと弾けていない。へったくそだなぁ。
そこで私はハッとした。いやいや、ちょっと待って。今は夜中の2時。こんな田舎で、外でリコーダーを演奏する人なんて考えられない。それに、とぎれとぎれだけれど、あの曲……。それは、以前音楽の授業で、リコーダーの授業で習った「聖者の行進」という曲だった。
言っておくが、私にいわゆる霊感のようなものはない。見えたり、聞こえたりなんてことはない。だけど、あのとき確かに私はリコーダーの音を聞いた。とぎれとぎれだけれど、一生懸命に練習している音。そして曲は間違いなくあの曲だった。
私は怖かったけれど、まさか……と思って勢いよく窓の網戸を開けた。そして暗い窓の外を凝視した。しかし、私の視界に人の姿はなく、音も聞こえなくなってしまった。
そんなことは、あのとき一度限りだった。
けれどあれ以来、街中で「聖者の行進」が流れてくると、必ずNくんのことを思い出す。
なんだか怖いような、そうでもないような不思議な気持ちになるのだけれど、あの夏の日、彼は折り紙の中の手紙の返信を読んだよ、と言いに来てくれたのではないかなと思っている。
記事:渋沢まるこ